2014-02-13 ― State of Decay

 ここ暫く必死にState of Decayを進めてた。
 いわゆるゾンビサバイバルもので、他のとちょっと違うところは「コミュニティの運営」が主軸になっているところ。拠点を作って、そこにNPCのコミュニティメンバーを集めて、いくつかの資源を探索してタスクこなして…というゲーム。疲労の概念もあり、プレイ中のキャラクターが疲れて能力ダウンしたら、別のコミュニティメンバーを操作してゲームを進めたり。あと小さいんだけれどキャラクターの成長要素があるのも楽しい。
 でさ、いやね、無性にやりたくなってやるじゃないですか。で、満足して放置するじゃないですか。で、続きからやろうとするじゃないですか。すると、するとね、サバイバル生活の為に集めた資源が減って拠点のメンバーの機嫌も悪くなって最悪 “プレイしていない間に” 死んじゃったりするんですね。「よし時間出来たからまた続きやるかー!」ってのがやりづらいゲームなんですよ。これいそがしいげんだいじんにあんまりいくないしくみだとおもう。(てゆうか選択制にしてくれても良いのにねぇ)

 そんな訳で1週間位かな?毎日ちまちま進めて本日一気にメインタスクをこなし!ようやく!ようやくクリアですぞ!!!!
 ラストはあっさりしていたけれど、それまでの過程があるから演出的な意味での物足りなさは特に感じず、ゲーム故「終わらせなきゃいけない」区切りとしてあるんだなぁ、と思ったりした。むしろ立ち回りをミスって今迄苦楽を共にしてきたNPCが1人死んでしまって「ううううすまぬ」と感慨を感じたりした。ので、別に「非プレイ中も時間が進む」ってシステムなくても没入感あるから!次のDLCでは (第2弾DLCが予定されている) この要素選択制にしてくれたら僕は…僕は…こんな娘がいたら僕はもう…!!
 実際、ラスト含みストーリーラインはあのくらいで良かったと思う。逆にあれ以上ストーリーに重きが置かれてしまうと「サバイバルへの没入感」が損なわれると思う。序盤の、装備も能力も整ってない状態でゾンビの群れに遭遇した時の緊張感、(ストーリーとは関係ないランダムイベントで) 発見した生存者を助ける為に必死の立ち回りで何とかゾンビを撃退できた時の達成感とか、「ストーリー」という形でドラマが用意されていなくても、ものすごく気持ちが盛り上がる事多々あり。今迄やってきたオープンフィールド系のゲームで感じたことのない感覚。

 結局その辺の盛り上がりや緊張感は、「キャラロストがある」ってことに尽きるんだけれど。まぁそれも理不尽な死でのキャラロストなら憤慨もするけれど、大体に置いて雑な立ち回りをすると死ぬ=自分のミスだ、というのがはっきりしてるケースが殆ど、バランス良いんですね。イメージとして抱いているゾンビの怖さ…1対1ならまず負けない、数匹位なら何とかなる、けどなんでこいつらこんな数いるんだああぁぁぁぁあぁぁやぁぁぁめてぇぇぇぇえええぇぇ死んじゃうからぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!が、巧く表現出来てて素晴らしい。たまに出てくる特殊ゾンビ (個人的には獣人っぽい動きのフェラルが凄い怖い) も良いスパイス。1日1回は大慌てで必死にキーボード連打してましたね。
 蛇足になるけど、そうなると必ず建物に篭って戦う、入り口に陣取って戦う、とかやりたくなるけれど、映画宜しくちゃんと窓ガラス&裏口のドア破って侵入してきてくれるんですねゾンビさん。大量に侵入されると狭い空間が却って仇となり…というケースも多く、必然的にある程度開けた空間で常に周囲に気を巡らしながら戦う方が安心できたりするという作りも良いです。
 ゲームが掲げてる「サバイバル」がちゃんと素直に表現できてるんだよね。戦闘以外にも、(食料は間接的に消費されるから実感ないけれど) 弾薬や薬、ちょっと良さげな装備品が手に入った時の、嬉しさの質が何か今迄のゲームと違う。「これがあればまた今日を、明日を生き抜けるかも知れない…」からの、戦闘後に感じる「今、俺は生きている!」という野生の喜びを感じるゲーム。
 ストーリーでそれを感じさせるのは難しいと思うんだけれど、ゲームだと疑似体験出来るんだよね、なるほどなぁ、と思ったりした。

 そんな訳でState of Decayをクリアし、これはストーリーも終わりもいらないものだ、と実感したところに、DLC1弾目の「BREAK DOWN」は文字通りストーリーも終わりもないモードなので、私は非常に困ってしまいました。終わり。

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