2014-02-04

 風邪か鼻炎か、取り敢えず発熱等体調不良も一段落。本調子ではない (呼吸の匂いが病気っぽい…埃っぽい様な香ばしいような変な匂い) けれど大体おっけーよしよしよし。

 大体3ヶ月から半年に1回くらい、オカルトやドス黒い何かが非常に気になりネットで情報を漁る事があり、今がまさにそのタイミング。
 内閣府職員の変死事件のニュースを見て、まとめサイトやら何やらを読み込んでいく内に気がついたら哲学ニュースのオカルトや猟奇事件系の記事を読み返していた。

 オカルト、と言っても恐怖系心霊話にはそんなに興味をひかれない事が多い。読んでみて「読み物として面白いな」と思う事はあっても、それ以上何か思う事は殆どない。
 じゃあどういうのが気になるのかと言えば、例えば不謹慎だけれど、未解決失踪事件。何故気になるのかというと、超常現象と人為的事件の狭間を感じるから。
 どういう事かっていうと、例えば恐怖系心霊話って大抵の場合「実はこんな由来が」と禍々しい来歴が明かされたりするけれど、いや本当にその来歴が原因で起きたの?とか、そんなに都合よく由来分かるの?とか、漠然とした理不尽さを感じるんだよね。対して未解決失踪事件みたいなのって、未解決なだけに謎だけが残ってる。人為的なものなのか心霊的なものなのか想像出来る余地がある。この得体の知れなさがとても気になる。

 後は猟奇事件。これは半分以上「感情移入して読む」というか、その時の被害者加害者その他関係者の感情を (心理ではなく “感情” ね) 想像し思い浮かべながら読み込む事が多い。
 で、あくまで想像したものだけれど、その “感情” を理解しようとする思考実験?的な感じで読み漁ってしまう。
 そうやって読んでいると、「全く分からない」事はあんまりないから、気になる。「何でこういう行動を?」とか、何となく自分なりに分かる様な気がする。じゃあ同じことをするのかと言えば勿論しないけれど。
 確か京極夏彦の「魍魎の匣」か何かに、異常な心理状態で猟奇的な殺人を起こしているとも限らない、みたいな話があったと思うんだけれど、それが何となく分かる感じ。何だろうね、自分とこの人との違いは何だ?とか、実はそんなに違いはないんじゃないか?とか。
 行動に移す・移さないっていう決定的なところで違うし、そもそも「そんなこと」をしたいと思った事もない (この事件の加害者の気持ち分かるわー、俺もこういう事したいわー、とかは全くない) けれど、事件を知って・追ったことで、それをしてしまった加害者の感情が何となく分かる気がして、同時に被害者の感情も重なって、変な既視感みたいな感覚 (両方の立場でそこにいる様な錯覚?) に見舞われるのが、とても気になる。

 改めて考えてみると、凄く不謹慎だけれど、両方共想像が膨らむ点で共通してるのか。
 オカルトの方は「本当は一体どうなんだろう」っていう想像で、猟奇事件の方は感情の想像が膨らむものだし。そして両方共「お話」じゃなくて「実話」という前提があるから、より真剣に想像巡らせられるんだろうね。

 関連付けて話すのもアレだけれど、某か創作する際の自分の弱点を再確認。
 実際に起きた出来事を元にしないと真剣に想像出来ないところがあるんだよね。自由に想像を巡らすのが凄い苦手なんだなぁ。

 そう言えば大学に通う電車 (片道2時間…!!!) の窓から外を眺め、過ぎ去っていく歩行者の生活を瞬間的にかつ勝手に想像していた事を思い出した。
 生活っていうと大袈裟だ。家に帰って玄関開けるところ、その家の中の様子、台所の片付き具合、家具の色。
 別に考えようとして考えていた訳じゃないんだけれど。
 この勝手な想像を引き起こすトリガーは何なんだ。今はそれが一番気になる。

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