2014-02-03

明確に、その「時」がいつ訪れたのかは記憶に無いんだが、ある時、自分の中で何かが覚醒したのを覚えている。
多分、高校の2年生くらいだと思うが。
放課後、エクストリーム帰宅の途中で私の足は向きを変えて、横浜の東急ハンズを訪ねた。
7階の文房具売場へ。
何を買ったのか、はっきり覚えている。国産の廉価(といっても1000円くらい)な水性ボールペンだ。
それは自分の好きな軸に好きな色(黒/赤/青/ブルーブラックの4色)を詰めるモノだった。
買うまで、数分迷ったはず。結局買った。中身のインク(これも300円と高い)は、ブルー・ブラック。

高校生なりに、格好をつけてみたかったとか、そういうのもあるのだが、学校で出される授業やらのプリントやノートなどは当然のごとく、モノクロインクで、その黒の活字と明確に違う色で注をつけたり、あるいは創作ノートに他愛のない三行メモを書き付けたりとしたかったのだろうと思う。
創作ノートは、もっぱらマルマンのリングノート。今からすると、随分贅沢な話。
それから、私の通っていた学校は実業高校で進学希望者は基本的に少ないのだが、所属していた普通科クラスが実質進学コースとなっていて、必然的に週休二日制のない、勉めを強いられる環境におかれていた。
勉強などする気はおきなかったし、むしろ頑張って勉強している顔色の悪い同級生に、少なからずの違和感をもっていたくらいだ。
何様だ。
それはともかく。

前置きが長くなったが、近頃、ある筆記具に対して認識を新たにしている。
それはかつて、義務教育や高校生の時代に嫌々使っていた鉛筆の類だ。
特に鉛筆。
シャープペンと違って、たしかにすぐ先が丸くなって細かい字が書きにくいと言われる鉛筆。
細かい字を書かなければ、どうということない。
コロンブスの卵。
なにより、シャープペンで書きだす時に、つい力を入れすぎて折れるという、あの最大のストレスとは無縁。
大学生になってからすっかり解放された気分で、私はいつしか学びの友といえた鉛筆(シャープペン)を握ることもまったくなくなっていた。
今日、創作ノート代わりに紙に万年筆を走らせたところインクがかすれた。
詰め替えるのが面倒なので、手近にあったメモ用の鉛筆を手にしたのだが、これが使いやすい。
折れないのはまず良いとして、消しゴムで消せることにまた感動。
便利。
鉛筆超便利。
ナポレオンにくっついていた画家が、コンテとかいう胡散臭い発明家に見慣れない道具を貰った時くらいに感激。

それと、紙に対して鉛筆特有の灰色に近い、優しげな黒は目に疲れない。
あまり濃い芯でなければ、さほど手も汚れないので良い。
かつては忌避した(というほどでもないが)、道具を再度手にしてみると、意外と使いやすかった。
ただ、それだけの話。

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