コスティキャンのゲーム理論あれこれ

ここ何回かゲームについての事をいろいろ書いた流れから、10代の頃に読んだ「コスティキャンのゲーム理論」を読み返した。

このゲーム理論に巡り会ったのはTRPGの上達方法を探していた過程からで、当時はこれを下敷きに展開されたTRPG理論の方に意識の比重があった。
なので大元であるこちらは “押さえておく” 程度の把握だったのだけれど、その後折りに触れて読み返す度に「良く出来てるなぁ」と感心する。
“意思決定こそがゲーム” と定義していて、とてもシンプルで概念を理解しやすく、応用も利くものだと思うんだよね。
自分はこれを、行動を起こす (提示された物の中から行動を選択する) → それがゲームの進行に影響を与える形でレスポンスが返ってくる、それがゲームの根幹部分、と捉えている。
それを如何に面白いものにするかというところで、目標と障害、リソース管理と判断の為の情報なんかが挙げられている。

ただこれが書かれたのはだいぶ前、なのでコンピューターゲームで高度な表現が可能なった今現在の “ゲーム” をイメージしながら読むと若干そぐわないように感じる部分もある。
その辺の隙間をどう埋めるのが良いかなぁ、と思いつつネットをいろいろ見て回っていたら、だいぶ近い感覚の記事を見つけて思わず膝を打った。

要約すると、娯楽にコスティキャンの論で挙げられている様なゲーム要素が加わる事で、娯楽の寿命が延びますよ、今はそういう類いのものをゲームとして捉える方向にシフトしているよね、というようなお半紙。
純粋に競技としてのゲームから、遊びの延長線上にあるゲームを上手に表していて、現在 “ゲーム” と呼ばれているものを巧く包み込んでいる様に思う。

こういうテキストを読むと、ゲームを遊ぶ際に視野が広がって面白いんだよね。
具体的には「こんなのゲームじゃねぇよ!」みたいなのが減る。

先日の日記でfughseくんが艦これに関しての記事を書いていたけれど、あれも出た当初は「こんなのゲームじゃねぇよ!」と強く主張する人を沢山見かけたし、今も (黎明期を過ぎたから殊更声高に主張する人がいないだけで) そう捉えている人は一定数いると思う。
でも艦これはゲームとして受け入れられて、一過性のブームを超えたところで未だプレイされ続けている。
あれは何処がゲームなんだろう、どういったところが面白いんだろう、という事を考える手がかりになるし、そこで自分なりに得た結論を元に遊ぶと全然違った面白さを得られたりもするんだよね。
更にそのフィードバックが更に「ゲーム」の捉え方・遊び方の幅を押し広げてくれる。

という訳で、前述2つのURLは幅広くいろんなゲームを楽しむ上で非常に参考になるテキストなのでオススメです。

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