5月4週目

5月4週目

いろいろ思い出す1週間。
そして今後の心構えの再確認。

5月28日(日)

一周忌

土曜日に祖母の一周忌。もうあれから1年経ったのかぁ…と感慨深い。
祖父の時と違うのは、祖母の死後に関する大体の事は片付いているという事。祖父の時は結局死後3年4年、殆ど祖母の死去直前までいろんなことに煩わされた。いろんなことというか、母の姉妹、叔母の1人とその旦那による、手を変え品を変えの欲まみれのゴタゴタに関するものだけれど。
そういう事があったので、祖母は遺言を残してくれた。その遺言の付言には、前述の事について言及もされていた。それが開示された結果、今回はある程度すんなり物事が運び今に至る。

祖父は結局のところ、皆に良い顔をしてしまった結果、その「良い顔」を裏切れなくなって遺言が残せなかった。別の言い方をすると悪者になりたくなくて、表面上は「皆で話し合って決めてくれ」という形を取りつつ逃げたとも言える。ただ、そもそも冒頭の叔母とその旦那に巧いこと付け込まれた部分が大いにあるので、「逃げた」という表現こそ取ったものの、それほどの非があった訳ではないと個人的には思っている。
今回、祖母の残してくれた遺言の付言には、祖父の死後の叔母とその旦那の振る舞いについて触れられていた。「お父さん(祖父)の生前、借金の肩代わりや生活面等援助を受けていたりと恩があるにも関わらず、亡くなった当日から遺産についての話が出たり、自分の権利は、取り分はどうだこうだと、その後の態度は見ていて悲しかった。今回はあなたの主張する権利分としてこれを用意したので、そのとおりにして下さい」という様な内容だ。遺言作成にあたっての相談を専門性の高いところにしたりもしていたそうなんだけれど、そこでは「こういう事はあまり書かれない」と言われたりもしたそうな。もっとふわっと美麗な感じの事 “だけ” を残す事が多いらしい。そりゃまぁ綺麗な言葉で良い事を書いて、皆に良い人だった、と思われながら死んだ方が良いもんなぁ。

でも、実際に祖母が亡くなってしまって以後の経緯を見て、今回は敢えてそういう事を書いてもらっていて良かった、と思った。ともすれば死後恨まれる様な事を書いていてもらって、悪者になるかもしれない覚悟を持ってくれて本当に助かった、と思った。

祖母が倒れた段階で連絡を入れたにも関わらず、叔母夫婦は一度も実家に訪れてなかった。
その後の連絡も一切なく、辛うじてお寺での通夜に、叔母とその子供が来た。但し一般参列でだ。しかもその時の叔母の子供、長女の態度は酷いもので、投げ捨てるかの様な焼香をした上に、焼香後は汚いものを払うかのように、これ見よがしに手を払った。
揉めた方の叔母達が一般参列で焼香に来た事に気づいたもう一人の叔母の娘が、「まだ一度も顔を見ていないんだし、上がって見てあげて」と慌てて声を掛けに行ってくれた。それに対して「キモイんだよ、消えろ!」と大声で暴言を吐き帰っていた。
(一応補足すると、仮に祖父の時の相続で俺等に非があり、何かしら恨みや妬みがあったとしても、常識的な人間であれば、敢えて一般参列した上でこういう態度は取らないであろうという事。そもそもこないだろう。ただもし尋常じゃない非がこちら側にあって、とんでもない恨みを抱えているならそういう事もあるかも知れない。でも大抵の場合、良識がそれを止めると俺は思う。)

その後、当然四十九日にも顔を見せず、代わりに「詳細な遺産目録を作って送れ」という連絡がきた。
「祖母には遺言があり、四十九日が済んだら開示する」と伝えたところ、「詳細な遺産目録が先だ」という様な事を言ってくる始末。
しまいには、遺言開示に立ち会わないというので内容証明郵便で送付したところ「これの中身は何だ。遺産目録でなければ開封しない。」という内容証明がくる馬鹿馬鹿しさ。
これは今回もかなり面倒な事になるな…とうちの家族とまともな方の叔母家族とで心配し気を揉んだ。

が。遺言が開示された途端、ぴたりと静かになった。(ちなみに遺言に関しては「内容証明を受け取った段階で開封したしないに関わらず開示されたものとされる」と伝えた。それを聞いて慌てて開封したのだろう。)
例え遺言があっても、それに従わないという選択肢もある。自分の取り分を増やしたければ、(必ず増やせるとは限らないが) それを試す事もできる。
でもそういう事にはならず、それで後は滞りなく諸々の処理を終えられたのは、「こういう事はあまり書かないよ」という様な遺言を祖母が残してくれた事が強く影響した結果だろうな、と思う。

別に「遺言大事!」とかそういう事を言いたくて書いた訳ではなく。(まぁ大事だけど、遺言!)
時として、悪者 (扱い) される覚悟、誰かに恨まれるかもしれない覚悟、そういうの大事、という事をとても感じたというお話。
相続で揉めたのは、家系を残したいという意志があり、それを常々言っていたにも関わらず、その為に平等性が失われ悪者になる (恨まれる) 事を恐れて遺言が残せなかった結果だと思う。(余談だけど「平等性が失われる」と言っても、揉めた叔母が最終的に祖父から相続した額面で見れば、残りの人生仕事しないで過ごすのに余裕の額だし、祖父の家系を維持する事を考えなくて良い分、使って良い額は変な話こちらの額より全然多いよ《例えば家やその敷地含む不動産等を次の代に残す為に支払わなければいけない “次の” 相続税を貯めたりする必要がない。維持する側は大抵次の相続税を支払う為の現金資産を必死に作る事になる》。加えて叔母家は旦那の家系を維持する立場でもないので、文字通り全て使っても問題ないし、遊び暮らすんじゃなければ余る位の額だ)
もっと身近な小さな話でも、八方美人ゆえに、”誰か” から見て悪者になる事を恐れ立ち振る舞った故に、逆に周囲の人の大半を傷つけたり、自分の本来大切にしたい何かを失ったりしているなぁ、と感じる人を見る機会がここしばらく多いので、自戒を込めて日記に記載。

まぁ考え方の問題でもあるんだけれどね。
周囲の人を傷つける、というのも、皆平等に傷つきました、と捉える事もできるし。
不平等に誰かが犠牲になってその他大勢が助かるのが良いのか、平等に皆沈んで行きました、が良いのか。結局自分が何を優先するか、の問題。
そういう意味では、祖父もあれはあれで良いと言えば良いんだ、最優先にしたのは自分が決めない事による平等性だった、とも言えるし。そこに何か非があるとすれば、「家系を今のまま維持してくれ」と “維持する側” にだけ繰り返し言っていた事なのかな。(多分祖父は揉めた叔母夫婦にそういう話はしてないと思う、した上であの行動だったならどうしようもない。多分祖父は「これだけ金銭援助したんだから分かってくれるだろう」という考えがあったんだろうと思う。)

まぁだから、いろいろ書いたけど自分の生き方の話か。
俺は、優先すべきと考えるものを優先する様に心掛けたい、という事になるのか。ちゃんちゃん。

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2件のフィードバック

  1. 彼者誰 彼者誰 より:

    叔母夫婦及び子供の態度にうがああ!!
    もし自分の親族でそんな人がいたらと考えただけで悲しみと怒りが一気に押し寄せてきます。

    • ゆきち より:

      ≫彼者誰くん
      本当ね。映画かよ!みたいになったよw
      叔母夫婦の旦那の方は、そもそも玉の輿や遺産狙いで結婚した様なところがなきにしもあらずな経緯を後々知ったので、なるべくしてなったのかも知れないなぁ。
      まぁ比較的若い歳でメタルキング倒した程度の経験値を得た様な気分ではあるので、そういう意味では良かったのかも知れないねw

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