2014-07-01

今日は7月1日、神輿の宮出し。
神輿と飾りを出して、磨いて、組み立てる。
毎年事前に組み立て講習会があり、そこで組み立て方をおさらいしてるんだけれど、今年はその日雨が振り実施されなかったので、結構手順を忘れている。

組み立てが終わり暫くすると神主さんがやってきて、本堂でお祓い。
その後、子供神輿含む計5基の御輿に御霊入れを行い、一段落。
地元の方がお供えや拝みに来る間、公民館で宵宮の屋台準備。
合間に自治会の掲示板にお祭りの告知ポスターを貼りに行く。

こういう村内の行事を見ていると、威張っている人間程何もしない。
指示を出す立場にいるから何もせず監督している、という訳でもなく、例えば明示的な役職につき、監督している人が誰々に直接出した指示を、(前述の様に監督者が本人に直接指示しているにも関わらず) 「○○、やれ!」と追従するだけなので、つまり特別全体を見渡し適切な指示を出している訳ではない。
また、自分でそう宣言する事もあれば、「言わなくてもわかってるよな」という様な振る舞いで示す事もあるが、取り敢えず本人は「自分は補佐の役割をこなしている」事にしているそうだ。
「俺はフィクサーだからよぉ」と言われた時は思わず笑ってしまった。

日本全国、世界各国の ”地元” にある文化は、その土地柄や成り立ち、独自性を感じてとても面白い。
昔からそこに人が生きて生活をしている、連綿と続く歴史を感じて興味深い。
でもその文化的な面白さには、常にこういった「俺は偉いんだ」「この行事を取り仕切っている有力者なんだ」みたいな、面倒くさい覇権争いが常につきまとってしまうんだろうなぁ。
実際に必要な仕切りを行えるのであるなら、何とも思わないし、それに従うのは気持ちが良いのだけれど、前述の様な「上の人間である様な振る舞いをする」だけなのは、本当につまらないなぁ。

「若い人が入ってこない」みたいな愚痴をよく聞くけれど、これでは仕方ないよなぁ、と思う。
人間関係が付随するのは当たり前だけれど、その人間関係が「俺は偉い、お前らは偉くない」というだけのものだったら、よっぽどの志みたいなものでもないと、わざわざ入っていこうとなんて思わないからね。

2~30年もしたら、代も変わるし、そういった「自称フィクサー」達も足腰立たなくなるだろうし、その時に「文化継承をしていこう」と思ってくれる人達が、前述の様なつまらない理由で嫌気がさす様な事がない環境にしたいね。

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