もうやめた 二重生活やめた

いや、したいのだ、二重生活。
なんかこう現実とは違うどこかにもう一個自分を持ってたいのだ。
ずっと昔、子供の頃からある感覚だけれど、どういうところから来ているのかなぁ。
現実逃避先なのかしらん。
でも「とは言えコアが自分である限り表に出る面は全て自分なのだ」と思うから、到底逃げ切れるものではないのも知っているんだけれど。

逆かなー、逃避ではなくて壁を作りたいのかもなぁ。
現実においても基本 “壁” はあるんだけれど、もうちょっと厚い壁。
でも前述の様に「コアが自分である限り~」がまず最初に意識される以上、なんて言うか「コア」に辿り着く為の窓口が無闇に増えるだけだよね、と思うので、”壁を作りたい” というのもちょっと違うのかな。

様々な制限から解放されて好き放題出来る身体が欲しい、というのも考えられるけれど、でもやっぱり「コアが自分である限り~」は意識させられているからね、常に。
今「ゆきち」さんがこの日記書いてますけれど仮想人格ゆきちさんではないのですよ。
どう考えても好き放題は出来ない。

何かを演じたい、とかいうのも違うしなぁ。
敢えて言うなら、折りに触れては話題に挙げているけれど、子供の頃のお昼寝の時間、「もし僕が生まれてこなかったら、そう考えている僕 (の意識) は何処にいるんだろう」と考えていた事の延長線、別の自分の可能性を探って遊んでいるのかな、という気がしない事もないけれど、こじつけに近い気もする。

ああでも結局、露出する全ての場面において「ゆきち」で通している訳で、そもそも「もう一個自分を持っていたい」という感覚自体が錯覚なのかも知れない。
単に「ゆきち」を通して様々なところで経験値を得たい、というだけで、実のところ “現実とは違うどこかに~” という訳ではないのかも知れないなー。

なんていう事を、久々にfughseくんたちとマルチなゲームをやりつつ思ったりした。
あと10年振り位に財布変えた。

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1件の返信

  1. 彼者誰 turunoyume より:

    曲を聞きながら日記を読んでいたら不思議な気分になりました。もう1個の自分!ペルソナ的な感じでしょうか いろいろ考えさせられました。

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