ゲームの皮を被っているから面白いんだろうなぁ ― ひとりぼっち惑星

何とも言い難い哀しい青が特徴的なスクリーンショットが最近流行中。
これはiPhone/Androidアプリの『ひとりぼっち惑星』というアプリのスクリーンショットで、ディストピアというかポストアポカリプスというかそういう世界観の惑星にひとり存在するものとして、他の惑星から”こえ”を受信したり、逆に他の惑星に向けて送信したりする、ゲームの皮をかぶったコミュニケーションアプリのもの。
この手のアプリケーションは昔からぽつぽつあるんだけれど (ボトルメールが一時期静かに流行った事があったなぁ)、こんなに話題になるケースは希なので面白いなぁと思った。

今までの類似サービスと何が違うんだろう、って考えると、”ゲーム風”という事と”世界観を構築している”というところなのかなぁ。
そしてこの2つの相乗効果が巧い事ハマッて、流行っているのかなと。

例えば前述のボトルメール。
世界観は特に用意されておらず、ボトルに絵 (ボトルメールは画像を送信するソフトで、絵を描いても文字を書いても良い) を詰めて流すと、誰かのところに漂着する、というもの。
送受信の制限は特になし。
送信はいつでも出来るし、受信は気付くと浜辺にボトルが漂着している、という感じ。

他に触れた事のあるものとして『Arrow』というものがあった。
これは文矢を飛ばすという雰囲気で、こちらはテキストをポストする。
やっぱり送受信の制限は特になく、いつでも送信出来て気付いたら受信している。

対してひとりぼっち惑星は、送信するのにも受信するのにもゲームっぽい仕様が入っている。
惑星では人工知能のロボット同士が戦争をしていて、その中から壊れたロボットの部品を拾い (と言っても “なめこ” の様にスワイプするだけだけれど)、規定数の部品を集めて送信機や受信機を直す必要がある。
よくあるスマホゲームっぽさ。
でも、そのゲームっぽさと、送受信のシンプルな制限、これがある事で逆にやる気が出たりするのかな、と。
何かしらの制限や障害がある事で、メリハリがついてやる気が出る。

そして、世界観の構築。
実はこのゲーム、いきなり他のプレイヤーからのテキストを受信出来る訳ではなく、最初の何通かは定型ストーリーを必ず受信する様になっている。
そこで「このゲームはこういう雰囲気です (こういう背景を持っています)」と説明している。
また、ゲームっぽい仕様、送受信の制限である “「こえ」を送受信するのに壊れたロボットの部品を拾い集める必要がある” というのも世界観の構築に一役買っている。

世界観が気に入れば、その中で発信されるテキストが読みたくなるし、読む為に部品を拾い集める作業自体が世界観を味わう一つの要素となるし、更に自分がある種の二次創作として発信する事も出来る、と、それぞれ巧く絡み合ってるなぁ、と思った。
世界観を作るのに、ゲームって良いメディアなんだなぁと再認識。

流行ってプレイヤーが増えたから受信出来るテキストの質が下がった感じは確かにあるけれど (「あ」だけとか「しね」みたいなのとか)、まぁそれはそれとして面白いサービス。

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